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常識を覆す新発見:水陸両生植物が水没に応答して表皮細胞に葉緑体を分化させる未知の現象を発見
— 水中光合成を支える新たな環境応答機構を解明 —
京都産業大学
東京理科大学
帝京大学
東京大学
本件のポイント
- これまで、種子植物の葉の表皮細胞には葉緑体は存在しない、もしくは非常に少ないと考えられてきた。
- 水陸両生植物※1Rorippa aquatica※2が水没すると表皮細胞に葉緑体を分化させる新現象を発見し、この現象を 「環境応答性表皮葉緑体分化(ECD)」と命名した。
- ECD はエチレン※3、低酸素、光といった水中環境特有の条件に応答して誘導され、水陸両生植物の適応に寄与していると考えられる。
- 複数の水陸両生植物でも確認され、広く共有された環境応答反応である可能性が示唆された。
概要
葉緑体は光合成を担う重要な細胞小器官で、種子植物では葉の内部の葉肉細胞に主に存在し、表皮細胞には存在しない、もしくは非常に少ないとされてきました。本研究では、水陸両生植物Rorippa aquatica(ロリッパ・アクアティカ)が水没に応答して表皮細胞で葉緑体を分化させるという、これまで報告されていなかった環境応答を発見しました。研究チームはこの現象を「環境応答性表皮葉緑体分化(Environmentally responsive Epidermal Chloroplast Differentiation; ECD)」と名付けました。ECD は水中環境に特有のシグナルに応答して引き起こされ、水中で表皮を通じて組織内に入ってきた二酸化炭素を使って光合成をするために役に立っていると考えられます。本研究の成果は、植物の水環境への適応機構の一端を明らかにしたことに加え、将来的には洪水や冠水に強い作物の開発や、気候変動下での植物の生存戦略の理解にも貢献する可能性があります。本研究は、国際学術雑誌New Phytologist(2026年2月18日付(日本時間))に掲載されました。
背景
植物は動物のように移動することができないため、周囲の環境変化に対して、その場で適応して生き延びる能力を進化させてきました。近年、気候変動の進行により、豪雨や洪水、水位上昇など水環境の急激な変化が世界各地で頻発しており、自然生態系や農業生産、食料安全保障に深刻な影響を及ぼしています。水中では、光が届きにくく、二酸化炭素や酸素などのガスの拡散も大きく制限されるため、植物にとって水没は光合成を行う上で極めて厳しい条件です。植物が洪水などによる水没にどのように応答し、不利な環境下でも生き延びているのかを理解することは、植物科学の基礎的課題であると同時に、将来の作物改良にもつながる重要なテーマです。
水陸両生植物は、陸上と水中の両方で生育できる特異な性質を持ち、水没に応答して葉の形や内部構造、生理機能を変化させることが知られています。そのため、水環境への適応メカニズムを解明するための優れた研究材料です。本研究グループはこれまで、水陸両生植物 Rorippa aquatica(ロリッパ・アクアティカ)を用いて、水没に応答した異形葉性や気孔形成の抑制などを明らかにしてきました(図1)。こうした研究の過程で、私たちは偶然にも、これまで報告されていなかった新しい環境応答現象を発見しました。
植物の葉では、光合成を担う葉緑体は主に葉肉細胞に存在し、表皮細胞にはほとんど存在しないというのが一般的な理解です。しかし、水没条件で Rorippa aquatica を育てると、通常は葉緑体を持たない表皮細胞に、完全に分化した葉緑体が形成されることを偶然見出しました。そこで本研究は、この新現象の実態とその制御メカニズムを明らかにすることを目的としました。
図1 水陸両生植物Rorippa aquaticaの水没応答
Rorippa aquaticaはアブラナ科イヌガラシ属に属する水陸両植物である。顕著な異形葉性を示し、水没条件で発生する葉は葉身が細くなり、水中でのガス交換効率をあげたり、水の流れを受け流すようになる。また、気孔の形成が抑制され、クチクラ層が薄くなることで、水中では表皮からの拡散によりガス交換を行なっていると考えられている。
研究成果
本研究では、水陸両生植物 Rorippa aquaticaを用いて、水環境に対するこれまでに知られていなかった新しい環境応答反応を発見しました。私たちはこの現象を「環境応答性表皮細胞葉緑体分化(Environmentally responsive Epidermal Chloroplast Differentiation:ECD)」と名付けました。
1.表皮細胞に「分化した葉緑体」が現れる新現象の発見(図2)
通常、植物の葉では光合成を担う葉緑体は葉肉細胞に存在し、表皮細胞にはほとんど存在しないと考えられてきました。しかし、水没条件で Rorippa aquatica を育てると、表皮細胞にチラコイド構造を備えた完全に分化した葉緑体が形成されることを、顕微鏡および電子顕微鏡解析により明らかにしました。
これらの表皮葉緑体は一時的なものではなく、水没の継続に伴って数が増加し、構造的にも成熟していきました。一方、気中条件で育てた植物の表皮細胞では、このような葉緑体は一切観察されませんでした。数か月間水没させた植物では、表皮細胞の葉緑体がさらに顕著となり、葉の切片観察では表皮に近い領域ほど葉緑体が目立つ特徴的な分布が確認されました。これらの結果は、ECDによって形成された表皮葉緑体が、水中での光合成に寄与している可能性を示唆しています。
図2 染色体ペインティング法による染色体構造の解明
Rorippa aquaticaを水没後、経時的に表皮細胞を観察すると、数日後には表皮細胞の内部に葉緑体が分化してくる様子がわかる。葉緑体は緑色の粒で、赤色の矢頭で示している。
2.葉の発達段階に依存しない柔軟な応答
ECDは、発達途中の若い葉だけでなく、陸上環境で完全に展開した葉を水没させた場合にも誘導されました。このことから、ECDは葉の形成過程に限定された現象ではなく、環境変化に応答して後から誘導される、非常に柔軟な反応であることが示されました。
また、ECDは水没に伴う異形葉性や気孔形成の抑制とは独立して起こることが明らかとなり、従来知られていた水没応答とは異なる制御機構が存在することが示唆されました。
3.遺伝子発現解析によるECDを制御する環境要因の解明(図3)
ECDの制御機構を明らかにするため、次世代シークエンサー※4を用いた遺伝子発現解析(RNA-seq解析※5)を行いました。その結果、水没に応答して発現が変動する遺伝子の中に、植物ホルモンのエチレン、低酸素応答、光応答に関わる遺伝子が多く含まれることが明らかになりました。さらに、生理学的解析により、これらの要因がECDの誘導に重要な役割を果たすことを確認しました。これらはいずれも水中環境に特有の条件であり、植物が水没を感知するための重要なシグナルとして機能していると考えられます。
図3 Hi-C法による染色体レベルのゲノム解読
水没後の遺伝子発現をRNA-seqにより解析したところ、植物ホルモンのエチレンに関する遺伝子群や、低酸素応答、光応答に関わる遺伝子群の発現が変動していることがわかった。
4.水陸両生植物におけるECDの普遍性の調査(図4)
系統的に離れた複数の水陸両生植物を調べた結果、Rorippa aquatica以外の種においても、程度の差はあるものの、表皮細胞に葉緑体が分化する現象が観察されました。このことから、ECDは特定の限られた種のみに見られる特殊な性質ではなく、水陸両生植物に広く共有された環境応答反応である可能性が示されました。
図4 R. aquaticaの異質4倍体の成立
11種類の水陸両生植物でECDが観察されるかを調査したところ、程度の差はあるが7種でECDが観察された。
今後の展望
本研究で発見した「環境応答性表皮葉緑体分化(ECD)」は、植物が水没という厳しい環境下でも光合成を維持するために、細胞の役割を柔軟に切り替える新しい適応戦略を示しています(図5)。今後は、この現象を制御する遺伝子や環境シグナルの解明を進めるとともに、他の水陸両生植物や作物への応用可能性を検討していきます。本研究の成果は、洪水や冠水といった気候変動に伴う環境ストレスに強い作物の開発や、将来の食料生産の安定化に貢献することが期待されます。
図5 ECDのメカニズム
責任著者コメント
水没に応答して植物の表皮細胞に葉緑体が分化するという現象は、これまで知られておらず、常識を覆す発見であると言えます。このような新しい現象を水陸両生植物という非モデル植物を用いた研究から見出せたことは、大きな意義があると考えています。本研究が、植物の環境応答の多様性や奥深さを伝えるきっかけになれば嬉しいです。
掲載誌「New Phytologist」について(インパクトファクター8.1)
『New Phytologist』は、細胞内プロセスから地球規模の環境変化に至るまで、植物科学の幅広い分野における高品質で独創的な研究に焦点を当てた、世界をリードする国際学術誌です。本誌は、植物科学の振興を目的とする非営利団体「New Phytologist財団」によって運営されています。
用語・事項の解説
※1 水陸両生植物
気中でも水中でも生育できる植物。気中と水中で葉の形や性質を大きく切り替える能力があるため、どちらの環境でも生育できる。
※2 Rorippa aquatica
アブラナ科イヌガラシ属の水陸両生植物。水没すると葉の形や性質を大きく変化させる。本研究室によりこの植物を使った研究が展開され、全ゲノム配列も解読されている。今回RNA-seq解析が実施できたのもゲノム配列情報を解読されていたからである。
※3 エチレン
植物ホルモンの一種で、気体のホルモンである。りんごから出るエチレンがバナナの追熟に働くことで有名。
※4 次世代シークエンサー
DNAの配列を高速かつ大量に読むことができる配列解析装置。2000年代に次世代シークエンサーが登場したことで、それまでは非常に難しかった全ゲノム解析が研究室のレベルでできるようになり、生命科学に大きな革命をもたらした。
※5 RNA-seq解析
細胞内のmRNAを取り出し、次世代シークエンサーを用いて網羅的に配列を解析することで、転写されている遺伝子(発現遺伝子)を同定する方法。解析対象の生物が持つ全遺伝子の発現情報を一度に得ることができる。
研究体制
京都産業大学、東京理科大学、帝京大学、東京大学、中国科学院水生生物研究所(中国)の共同研究グループ
論文情報
論文タイトル
Chloroplasts Differentiation in Epidermal Cells: An Environmental Response Supporting Submerged Photosynthesis in Rorippa aquatica(表皮細胞における葉緑体分化:Rorippa aquaticaにおける水中光合成を支える環境応答反応)
雑誌名
国際学術誌 New Phytologist
掲載日時
2026年2月18日(水)AM3:00(日本時間)
著者
(1筆頭著者、2責任著者)
1Dwi Fajar Sidhiq, Shuka Ikematsu, Gaojie Li, Tomoaki Sakamoto, Nozomi Sato, Abeer Kazmi, Takuya Uemura, Gen-ichiro Arimura, Masashi Asahina, Ken Motohashi, Hiroyuki Koga, Hongwei Hou and 2Seisuke Kimura
DOI
研究者一覧(所属先は2026年2月1日 現在)
- 木村成介
- 京都産業大学生命科学部産業生命科学科/京都産業大学植物科学研究センター 教授
- Dwi Fajar Sidhiq
- 京都産業大学大学院生命科学研究科 博士後期課程大学院生
- 池松朱夏
- 京都産業大学植物科学研究センター 博士研究員
- 坂本智昭
- 京都産業大学植物科学研究センター 博士研究員
- 佐藤望
- 京都産業大学植物科学研究センター 技術補佐員
- 本橋健
- 京都産業大学生命科学部産業生命科学科/京都産業大学植物科学研究センター 教授
- Gaojie Li
- 中国科学院水生生物研究所 助教
- Abeer Kazmi
- 中国科学院水生生物研究所 大学院生
- Hongwei Hou
- 中国科学院水生生物研究所 教授
- 上村卓矢
- 東京理科大学先進工学部 助教
- 有村源一郎
- 東京理科大学先進工学部 教授
- 朝比奈雅志
- 帝京大学理工学部 教授
- 古賀皓之
- 東京大学大学院理学系研究科 准教授
謝辞
本研究は、文部科学省および日本学術振興会の科学技術研究費補助金(25K02287, 25K22483, 21H02513, 25K09668, 24K01723, 24K18197, 24H02134)、 日本学術振興会の二国間交流事業(JPJSBP120257203)、中国科学院国際交流事業(075GJHZ2024072MI、075GJHZ2024051FN )の支援を受けて実施しました。
