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説明可能AIのアプローチでフェルミ面の異常検知に成功
~ホイスラー合金のスピン偏極とノーダルラインを自動検出~
東京理科大学
京都工芸繊維大学
筑波大学
科学技術振興機構(JST)
研究の要旨とポイント
- 説明可能AIのアプローチでホイスラー合金のフェルミ面の解析手法を開発。
- 主成分分析における「ジャンプ」に着目し、これがスピン偏極率の極値と変曲点に対応することを明らかにしました。
- 外れ値のデータを再構成し、ノーダルラインの発現位置を自動検出することに成功しました。
- 低品質データに対して堅牢性があり、実験的なフェルミ面トポロジーの解析手法として、多様な物質系への展開が期待されます。
研究の概要
東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の石川 大地氏(修士課程2年)、福 健太郎博士研究員(当時)、小嗣 真人教授、京都工芸繊維大学の三浦 良雄教授、筑波大学 システム情報系の五十嵐 康彦准教授、物質材料研究機構らの共同研究グループは、ホイスラー合金Co2MnGaxGe1-x(コバルト‐マンガン‐ガリウム‐ゲルマニウム)(*1)を対象に、フェルミ面(*2)を自動解析する機械学習手法の確立に成功しました。
フェルミ面は物質の電気特性、磁気特性、トポロジカル特性を理解する上で重要な役割を担っています。フェルミ面はこれらの機能に応じて複雑に形状が変化するため、微細な形状変化を解析することが困難で、目視による解析は多大な労力を伴います。
本研究では、説明可能AIのアプローチで、主成分分析(PCA, *3)と距離学習による外れ値検出(*4)を組み合わせ、フェルミ面の形状変化を自動検出する手法を確立しました。この手法により、スピン偏極率(*5)の極値およびノーダルライン(*6)の出現位置を自動的に可視化することが可能となりました。さらに、ノイズやぼかしへの堅牢性を検証し、実験的なAI解析手法の基盤を構築できました。本手法は、機能性材料のインテリジェント解析の基盤として、AI4Scienceの実現に貢献するものです。
本成果は、2026年4月27日に国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。
研究の背景
フェルミ面は、材料の物性を決定付ける重要な情報源です。フェルミ面の形状は結晶構造、元素組成、バンド分散に応じて複雑に変化し、キャリア密度、磁気的挙動、スピン偏極といった多様な材料機能を発現させます。
実験的なフェルミ面の解析には、角度分解光電子分光法(ARPES, *7)が広く用いられてきました。近年の技術の進歩により、角度分解能とエネルギー分解能が大幅に向上しています。加えて次世代放射光源の登場により、ハイスループットの計測装置が整備されつつあります。
しかしながら、フェルミ面の解析は、依然として高度な専門知識を要する煩雑なプロセスです。形状の定量化は研究者の主観的判断に委ねられる部分が多く、解析の任意性が課題になっていました。また、昨今では様々な機械学習手法が提案されてきましたが、ブラックボックス的なアプローチや、単純な物性予測に留まっているのが現状です。そのため、高い解釈性でメカニズムを解析する、いわゆる「説明可能AI」が求められています。
そこで本研究では、スピントロニクス材料であるホイスラー合金Co2MnGaxGe1-xを対象に、PCAと距離ベースの外れ値検出を用いました。フェルミ面の形状変化を定量化し、機能の変化とその起源を可視化する手法を開発しました。
研究結果の詳細
Co2MnGaxGe1-xのフェルミ面データは第一原理計算で作成され、ARPESの先行研究を良く再現するデータセットを準備しました。次に、フェルミ面の複雑な形状変化を定量的に解析するため、PCA解析と距離ベースの異常検知を行いました。その結果、組成に依存したフェルミ面の系統変化を可視化でき、図1に示すIからVIの特徴的なジャンプが確認されました。これらのジャンプは、スピン偏極曲線(図1右上)の極値または変曲点と一致しており、PCA空間における距離がスピン偏極の変化を記述する有効な指標となることが示されました。
図1 PCAによるフェルミ面画像の次元削減結果。I~VIIのジャンプはフェルミ面における非系統的変化を示しており、スピン偏極率の極値と変曲点に対応していた。最も大きなジャンプ(VII)データを再構成した結果、ノーダルラインの出現位置を可視化できた。
そして、Ga組成x = 0.94と0.95の間で顕著な外れ値が観測されました(ジャンプVII)。この外れ値のデータを再構成した結果、ノーダルラインの出現位置に対応していることが明らかとなりました。Co2MnGaでは、ノーダルラインがフェルミエネルギーよりわずかに高いエネルギーに存在することが知られており、異常ホール効果(*8)および異常ネルンスト効果(*9)の起源となる情報を検出できたこととなります。
さらに、実験データへの適用可能性を検証するため、ブロードニングおよびノイズに対する堅牢性を評価しました。フェルミ面データにガウスぼかしを加えた場合、スピン偏極率やノーダルラインが出現する重要な組成を、再現性良く検出できることが確認できました。
この結果は、本手法がデータ品質の低下に対して堅牢であり、測定時間の短縮が直接期待できるため、ハイスループット実験に有効であることを示しています。
本研究を主導した東京理科大学の小嗣教授は、「新たな材料知をAIで発見することを目指して、本研究に着想しました。本研究成果により、スピントロニクスを中心として、トポロジカル物質や超伝導体など、多様な物質群のAI解析への展開が期待されます」と、コメントしています。
※ 本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR21O1)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金(JP21H04656)の助成を受けて実施したものです。
用語
*1 ホイスラー合金Co2MnGaxGe1-x
主にX2YZで表される三元系の金属間化合物。強磁性や半金属性を示すものが多く、高いスピン偏極特性を持つことから、スピントロニクス材料として注目されている。
*2 フェルミ面
物質の中で電子がどのような速さや向きで動けるかを表す「境界面」のこと。電気の流れやすさや磁気的な性質など、材料の機能を決定付ける重要な物性です。
*3 主成分分析(PCA)
多変量データを分散が最大になる方向へ射影し、情報を保ったまま次元削減する統計的手法。材料研究ではスペクトルや画像データの因子解析などに活用されている。
*4 外れ値検出
データセットの中で他と統計的に著しく異なる点を特定する手法。
*5 スピン偏極率
電子の集団において上向きスピンと下向きスピンの数の偏りの割合。
*6 ノーダルライン
運動量空間において、2つのエネルギーバンドが線状に交差する状態。トポロジカル物質に特徴的な電子構造であり、異常ホール効果や異常ネルンスト効果などの特異な物性発現と関連する。
*7 角度分解光電子分光法(ARPES)
物質に光を照射し、放出された光電子のエネルギーと角度を測定する分析手法。物質のバンド構造やフェルミ面を実験的に直接観測できる。
*8 異常ホール効果
通常のホール効果は外部磁場によって生じるが、強磁性体では磁場がなくても自発磁化により電流と垂直方向に電圧が発生する。この現象を異常ホール効果と呼び、物質内部のトポロジカルな電子構造に起因する。
*9 異常ネルンスト効果
強磁性体に温度差をつけると、熱の流れる方向と磁化の方向の両方に垂直な方向に電圧が生じる現象。フェルミ面上のノーダルラインと密接に関連しており、熱を電気に変換する熱電デバイスへの応用が期待されている。
論文情報
雑誌名
Scientific Reports
論文タイトル
Anomaly Detection of Fermi Surface Morphology in Co2MnGaxGe1-x via Interpretable Machine Learning
著者
Daichi Ishikawa, Kentaro Fuku, Yoshio Miura, Yasuhiko Igarashi, Yuma Iwasaki, Yuya Sakuraba, Koichiro Yaji, Alexandre Lira Foggiatto, Takahiro Yamazaki, Naoka Nagamura, Masato Kotsugi
DOI
発表者
- 石川 大地
- 東京理科大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻 2025年度 修士課程2年(当時)
- 福 健太郎
- 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 博士研究員(当時)責任著者
- 三浦 良雄
- 京都工芸繊維大学 電気電子工学系 教授
- 五十嵐 康彦
- 筑波大学 システム情報系 准教授
- 岩崎 悠真
- 物質・材料研究機構(NIMS) マテリアル基盤研究センター 主幹研究員
- 桜庭 裕弥
- 物質・材料研究機構(NIMS) 磁性・スピントロニクス材料研究センター グループリーダー
- 矢治 光一郎
- 物質・材料研究機構(NIMS) マテリアル基盤研究センター グループリーダー
- Alexandre Lira Foggiatto
- 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 助教(当時)
- 山崎 貴大
- 東京理科大学 総合研究院 助教(当時)
- 永村 直佳
- 物質・材料研究機構(NIMS) マテリアル基盤研究センター 主任研究員
- 小嗣 真人
- 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授
