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腎細胞がんの多くを占める「淡明細胞型」ではCTDNEP1高発現が予後不良と関連
~組織型に応じた予後評価の指標となる可能性~
東京理科大学
日本医科大学
研究の要旨とポイント
- 腎細胞がんの約8割を占める「淡明細胞型腎細胞がん」では、脱リン酸化酵素CTDNEP1の高発現が、患者の予後不良と関連があることを明らかにしました。
- 一方、「乳頭状腎細胞がん」では予後との関連が限定的でした。これはCTDNEP1の臨床的な意味が腎細胞がんの組織型によって異なる可能性を示しています。
- 本研究グループが以前報告したすい臓がんではCTDNEP1の低発現が予後不良と関連していたことから、同じ遺伝子であってもがんの種類によって予後との関連方向が異なることが分かりました。
研究の概要
東京理科大学 薬学部 生命創薬科学科の早田 匡芳教授、同大学大学院 薬学研究科 薬科学専攻の新居 真由香氏(博士後期課程3年)、および日本医科大学医学部医学科の太田 一隆氏(研究実施時、医学部3年生)は、脱リン酸化酵素CTDNEP1(*1)の発現と腎細胞がん患者の予後との関連について、大規模ながんゲノム・臨床データの収集と解析に取り組み、CTDNEP1の発現と予後との関連のあり方が、がんの組織型によって異なることを明らかにしました。
太田氏は、日本医科大学医学部のカリキュラム「科学的探究 3」(*2)の一環として東京理科大学薬学部早田研究室に配属され、本研究を実施しました。東京理科大学大学院薬学研究科の新居氏とともに、大規模ながんゲノム・臨床データの収集と解析に取り組みました。
研究グループは先に、CTDNEP1の低発現がすい臓がんの予後不良と関連することを報告しています(※)。しかし、他のがん種におけるCTDNEP1の発現や臨床的な意味については、十分に明らかになっていませんでした。
本研究では、腎細胞がんの主要な組織型である淡明細胞型腎細胞がんと乳頭状腎細胞がんを対象として、米国の大規模がんゲノム研究プロジェクトThe Cancer Genome Atlas(TCGA)(*3)の遺伝子発現データと臨床情報を解析しました。
その結果、淡明細胞型腎細胞がんでは、CTDNEP1高発現群は低発現群と比べて、全生存期間、疾患特異的生存期間および無増悪期間(*4)が短いことが示されました。この関連は、年齢、性別および病期を考慮した統計解析でも維持されました。また、病期ごとに患者を分けた解析では、ステージIIIの患者で特に明確な差が認められました。
一方、乳頭状腎細胞がんでは、CTDNEP1発現と患者予後との間に一貫した関連は認められませんでした。
これらの結果から、CTDNEP1は淡明細胞型腎細胞がんの予後バイオマーカー(*5)の候補となる可能性が示されました。
本研究成果は、2026年10月1日に国際学術誌「Anticancer Research」にオンライン掲載されました。
※ 東京理科大学プレスリリース
『すい臓がんの進行を抑える可能性のある遺伝子を発見 ~『沈黙のがん』すい臓がんの早期診断や治療に光~』
研究の背景
腎細胞がんは、腎臓の尿細管上皮細胞などから発生する悪性腫瘍で、腎臓に発生するがんの中で最も多くを占めるものです。早期の腎細胞がんは比較的良好な予後を示しますが、進行・転移すると予後が悪化し、米国のがん統計では、遠隔転移例の5年生存率は約18%と報告されています。2022年には、世界で約43万4千人が新たに腎細胞がんと診断され、約15万6千人が死亡したと推定されています。
腎細胞がんには、異なる特徴を持つ複数の組織型があります。全体の約80%を占める淡明細胞型腎細胞がんと、約10〜15%を占める乳頭状腎細胞がんが代表的です。組織型によって遺伝的背景や治療への反応が異なるため、それぞれの組織型に応じた予後評価法や治療戦略が求められています。
CTDNEP1は、タンパク質に付加されたリン酸基を取り除く脱リン酸化酵素の設計図となる遺伝子です。細胞内のシグナル伝達や脂質代謝などの調節に関与します。
早田教授らはこれまでに、CTDNEP1が骨形成や卵巣機能に関与することを、主に動物モデルを用いて明らかにしてきました。CTDNEP1は、骨形成タンパク質(BMP)やトランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)などの細胞内シグナルを調節することも知られています。また、他の研究グループからは、CTDNEP1が出生後の腎臓の維持に必要であることや、CTDNEP1の機能喪失が小児の悪性脳腫瘍である髄芽腫の悪性化に関与することが報告されています。
しかし、CTDNEP1がすべてのがんで同じ臨床的な意味を持つのか、あるいは、がん種や組織型によって異なる特性を示すのかについては明らかになっていませんでした。
研究結果の詳細
本研究では、TCGA Pan-Cancer Atlasに登録された淡明細胞型腎細胞がん512例と乳頭状腎細胞がん283例の遺伝子発現データおよび臨床情報を解析しました。
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腎細胞がんでは早期からCTDNEP1発現が上昇
淡明細胞型と乳頭状の双方において、がん組織のCTDNEP1発現量は正常組織と比べて有意に高いことが確認されました。CTDNEP1の発現上昇はステージIの早期段階から認められ、進行期でも高い発現レベルが維持されていました。
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淡明細胞型では高発現が予後不良と関連
淡明細胞型腎細胞がんにおいて、CTDNEP1の高発現群は低発現群と比べ、全生存期間、疾患特異的生存期間、無増悪期間のいずれも有意に短いことが示されました。
CTDNEP1高発現群の低発現群に対するハザード比(*6)は、全生存期間で2.16、疾患特異的生存期間で2.75、無増悪期間で2.15でした。さらに、年齢、性別および病期を考慮した統計解析でも、CTDNEP1高発現と予後不良との関連は維持されました。また、病期ごとに患者を分けた解析では、ステージIIIで特に明確な差が認められました。
なお、無病期間については、解析の対象となる患者数が限られており、有意な差は認められませんでした。
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乳頭状では予後との関連が限定的
乳頭状腎細胞がんでは、全生存期間、疾患特異的生存期間および無増悪期間について、CTDNEP1高発現群と低発現群の間に一貫した差は認められませんでした。
無病期間については一部の解析でCTDNEP1低発現との関連が認められましたが、発現量の解析方法によって結果が異なりました。このため、乳頭状腎細胞がんにおけるCTDNEP1の予後との関連は、限定的かつ一貫していないと考えられました。
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関連する遺伝子経路は組織型によって異なる
遺伝子機能の解析では、CTDNEP1高発現群で多く認められる経路は、組織型によって異なっていました。
淡明細胞型では、免疫応答、ケモカイン、サイトカインなどの炎症・免疫関連経路が多く認められました。乳頭状でも免疫応答に関わる経路は認められましたが、これに加えて、酸化的リン酸化やミトコンドリアによるエネルギー産生に関連する経路が特徴的でした。
CTDNEP1低発現群では、両組織型ともPI3K-AktやMAPKなど、細胞増殖やシグナル伝達に関わる経路が認められました(乳頭状ではTGF-βシグナルも認められました)。
また、乳頭状腎細胞がんでは、がん関連遺伝子METのコピー数が増加した腫瘍でCTDNEP1発現が高いことが示されました。一方、淡明細胞型腎細胞がんでは、VHL遺伝子の変異やコピー数変化とCTDNEP1発現との間に明確な関連は認められませんでした。
これらの結果は、CTDNEP1発現に関連する分子背景が、腎細胞がんの組織型によって異なる可能性を示しています。
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免疫細胞浸潤との関連は弱い
淡明細胞型では、CTDNEP1高発現群において炎症・免疫関連経路が多く認められました。
しかし、CTDNEP1発現と免疫細胞の推定浸潤量との相関は、淡明細胞型と乳頭状のいずれでも弱いものでした。このことから、CTDNEP1は免疫細胞の量的な集積よりも、がん組織における免疫・炎症関連遺伝子の発現状態と関連している可能性があります。
ただし、CTDNEP1がこれらの経路を直接制御しているかどうかについては、今後の実験的な検証が必要です。
今後の展望
本研究成果から、CTDNEP1は淡明細胞型腎細胞がんの予後を評価するバイオマーカーの候補となる可能性が示されました。これは、髄芽腫やすい臓がんについて報告されてきた腫瘍抑制的な役割とは明確に異なります。
ただし、本研究は公開データベースを用いた相関解析であり、CTDNEP1が腎細胞がんの進展に直接関与することや、CTDNEP1を標的とする治療が有効であることを示したものではありません。また、病期ごとの解析は対象となる患者数が限られる探索的な解析であり、結果の安定性については検証が必要です。さらに、高発現群と低発現群を分ける基準は今回の解析対象から設定しており、独立した患者集団による検証が必要です。
今後は、腎細胞がんの患者組織、培養細胞および動物モデルを用いて、CTDNEP1の発現と患者予後との関連や、腫瘍進展における役割を検証します。将来的には、CTDNEP1を腎細胞がんの組織型や病期に応じた予後評価に活用するとともに、CTDNEP1が治療標的となり得るかについて、機能的な検証を進める予定です。
早田教授は本研究について、次のようにコメントしています。
「本研究は、東京理科大学大学院 薬学研究科 博士後期課程3年の新居 真由香さんと、日本医科大学 医学部の研究配属科目『科学的探究3』の一環として本研究室に派遣された、当時医学部3年生の太田 一隆さんが中心となって進めました。
私たちは先のすい臓がん研究において、CTDNEP1の低発現が予後不良と関連することを報告しました。今回、淡明細胞型腎細胞がんでは、これとは反対にCTDNEP1の高発現が予後不良と関連することが示されました。同じ分子であっても、がん種や組織型によって臨床的な意味が異なる可能性を示す興味深い結果です。
大学院生と医学部生が大学の枠を越えて協力し、その成果が国際学術論文として結実したことを大変うれしく思います。今後は細胞や動物モデルを用いて、CTDNEP1と淡明細胞型腎細胞がんの進展との関連を検証していきたいと考えています」
用語
*1 脱リン酸化酵素CTDNEP1
タンパク質に付加されたリン酸基を取り除く脱リン酸化酵素をコードする遺伝子。細胞内のシグナル伝達や脂質代謝などの調節に関与する。
*2 科学的探究3
日本医科大学医学部が、研究心を持つ医師・医学者の育成を目的に実施する研究配属科目。学生は基礎科学・基礎医学・臨床医学および連携大学の理工学系研究室に配属され、指導教員のもとで8週間にわたり研究活動に取り組む。研究を通じて、未解決の課題を解決する論理的・批判的思考力と、生命現象・病態を理論的に考察する力を養う。
*3 The Cancer Genome Atlas(TCGA)
米国を中心に実施された大規模ながんゲノム研究プロジェクト。多数のがん患者について、遺伝子発現、遺伝子変異および臨床情報などが収集されている。
*4 全生存期間・疾患特異的生存期間・無病期間・無増悪期間
いずれも患者の経過を評価する指標。全生存期間は原因を問わない生存期間、疾患特異的生存期間は当該のがんによる死亡までの期間、無病期間は治療により病変が消失した後に再発するまでの期間、無増悪期間は病状が進行するまでの期間を指す。
*5 バイオマーカー
疾患の有無、進行度、治療効果または患者の予後などを客観的に評価するための指標。遺伝子やタンパク質などが利用される。
*6 ハザード比
観察期間中に死亡や病状進行などが起こる相対的なリスクを示す統計指標。ハザード比が1より大きい場合、比較対象群よりリスクが高いことが示される。
論文情報
雑誌名
Anticancer Research
論文タイトル
CTDNEP1 Expression Is Associated With Subtype-dependent Prognostic Patterns in Renal Cell Carcinoma
著者
Mayuka Nii, Kazutaka Ota, Tadayoshi Hayata
DOI
発表者
- 早田 匡芳
- 東京理科大学 薬学部 生命創薬科学科 教授
- 新居 真由香
- 東京理科大学大学院 薬学研究科 薬科学専攻(博士後期課程3年)
- 太田 一隆
- 日本医科大学医学部医学科(研究実施時 3年)
